新宗教の風土 真宗「原理主義」の台頭

問答説法


〔高森〕毎月「正信偈」の話をしております。これは親鸞聖人の書かれたも
  のですね。短い言葉のなかに深い教えが込められております。今日は
  この箇所ですね。〔といって板書する〕
    「能発一念喜愛心
    不断煩悩得涅槃
    凡聖逆謗斉廻入
    如衆水入海一味」
  先月は二行までやりました。説明できますか。
〔講師〕ハイ。よく一念喜愛の心を起こせば煩悩を断たずして、涅槃を得。
〔高森〕能とはなんですか。
〔講師〕ハイ。阿弥陀仏の力です。
〔高森〕そうですね、他力。では、一念とは。
〔講師〕ハイ。「教行信証」にある「時刻の極限」、つまり早い時間のことです。
〔高森〕喜愛心とは。
〔講師〕ハイ。疑いの晴れた心、大安心。
〔高森〕そう、それが「無碍の一道」といわれているものですね。政治も経済
   も道徳も人間が生きるためのものだが、そもそもなんのために生きる
   のか。ただ歩けばよい、走ればよいのではない。飛行機は飛ぶためで
   はなくて、どこかに行くためにある。医学は命を延ばそうとする。しかし、
   延ばした命でなにをするのか。そこがいちばん大切なところです。
   命が延びたために困る苦しむでは、なんにもならない。延ばした命でな
   にをするか。なにをするために生きるのか。その目的こそが 「無碍の
   一道」に出ることなんですね。いっさいが障りのない絶対自由の世界。
   そうすると人間はどう変わるのか。親鸞聖人はどう教えておられますか。
〔講師〕ハイ。「不断煩悩得涅槃」といっておられます。煩悩を持ったままで
   無碍の一道の世界に生まれ出るということです。
〔高森〕「煩悩」とはなんですか。
〔講師〕ハイ。わたしたちを煩わせ悩ませるもの、全部で108あります。
〔高森〕誰がいわれましたか。
〔講師〕ハイ。お釈迦様です。
〔高森)君はいくつ持ってるの。
〔講師〕ハイ。108つです。
〔高森〕たくさんあるね(笑い)それで、なにか思い出す?
〔講師〕ハイ。除夜の鐘です。
〔高森〕鐘撞けばなんとかなる?
〔講師〕なんともなりません。

とまあ、こんな具合である。本部親鸞会館の法話では、このようにたいてい「正信偈」か「歎異鈔」の講義が中心となるが、他府県の会場の法話では「王舎城の悲劇」(インド、マガダ国頻婆沙羅王、夫人韋提希、その子阿闍世をめぐる骨肉の争いを描いた悲劇。「観無量寿経」で説かれている)など、俗耳に親しみやすいテーマがとりあげられる。ときおりユーモアをまじえながらの、噛んで含めるような高森師の語り口には、なかなか魅力的なものがある。このあとは、途中で15分の休憩が入り、法話が再開され、最後に「恩徳讃」を歌って12時に午前の部が終了する。この「恩徳讃」も、本願寺系のものと変わりがない。

 午後の部は1時半に再開され、午前と同じ手順をふんで2時15分から4時まで高森師の法話が続き、やはり「恩徳讃」を歌って一日のスケジュールが終わる。この間、正味5時間に及ぶ畳のうえでの正座は、難行苦行を求めない真宗にしてはなかなかハードなものである。それも、僧職にあるものでさえ容易ではない聖典の講釈を一日中聞くのだから、大変でないはずはない。にもかかわらず着実に会員が増えているということは、そこにこそ、他の新宗教にはみられない、彼らにとっての魅力と頼もしさがあるからかもしれない。
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