新宗教の風土 真宗「原理主義」の台頭

法話の情景


 つぎに、本部の親鸞会館における月一度の法話の模様を再現してみよう。

 まず、土曜日の夕刻から高森会長と会員との質疑応答の集会があるが、法話は翌日の日曜日におこなわれる。当日は朝早くから会員がバスや自家用車を連ねてやってくる。駐車場の車のナンバープレートを見ると、北は東北から西は九州地方まで、遠方からのものが少なくない。9時を過ぎると3500人収容の大講堂はほぼ満員となり、あとの人たちは、1500人収容の第2講堂でハイビジョンを通しての聞法となる。見たところ参加者の年齢層も性別も平均しているようだが、青年層では、胸に大学名を書いたプレートをつけている学生部の会員がめだって多い。ちなみに、1993(平成5)年10月におこなわれた講師試験の合格者をみると、111名のうち学生部に所属するものが102名と圧倒的多数を占め、大学別では、大阪大学13、京都大学9、東京大学8、早稲田大学8、岡山大学7、名古屋大学5、神戸大学5、関西大学5、地元の富山大学が4、明治大学4等々、いわゆる名門校がズラリと上位を占めている(『顕正新聞』476号)。

 勤行は9時半からはじまり、まず全員で「ふかきみ法にあいまつる……」ではじまる「真宗宗歌」を歌う。これは本願寺のものと寸分変わらない。つづいて「正信偈」(親鸞の「教行信証」にある7言120句の偈文で、真宗では朝夕の勤行に読誦する)を最後まで唱和する。東西本願寺のそれよりはややテンポが速く感じられる。5分の休憩の後、司会者があらわれ、四か条の「会員信条」を読み上げる。「一、われら親鸞会会員は、人生の究極の目的は、絶対の幸福を獲るにあり、絶対の幸福は、真実の宗教を信ずることによってのみ獲得できることを信じます。一、われら親鸞会会員は、世界に宗教多しと難も、唯一絶対真実の宗教は、大聖釈迦牟尼世尊の説き給うた仏教以外には絶対にないことを信じます……」といった、かなり排他的な調子のものである。その後、司会者はまず、みずからの宗教体験を手短に語る。たとえば、このような具合である。

 私は、37年前、名古屋の下町で生まれました。子供のころは、父が病気がち、母は働き詰めで、学校から帰ってきても毎日が楽しくありませんでした。長男だったので母の期待は大きく、いい大学に入り、いい会社に就職して欲しいといわれ、高校時代は私も勉強に打ち込みました。昭和50年春、念願かなって名古屋の大学に入学。しかし、私の喜びはつかの間で消えてしまいます。遊びにひたる学生、無気力な教授たち。そして、私自身生まれてきた目的がわからず、悶々とした毎日が続きました。ところが大学3年の春、鶴舞公園にスケッチに行ったとき、流れてきたスピーカーから名古屋市公会堂で親鸞聖人の話があると聞き、何気なく行ってみました。そのとき、門の前で早大の人に呼び止められ「あなたの人生の目的は」と聞かれて、とても大きなショックを受けました。何も答えるものがなかったからです。やがて高森先生の話になって、「後生の一大事」の解決こそ、人生の目的であると知らされ、私は、そうだ、そうだと思わず心の中で叫びました。それ以来、一度しかない人生を仏法ひとつに賭けてみようと決心したのです。

 口調がやや紋切り型なのは、たぶんなんべんも同じ話をくりかえしてきたせいだと思われる。ついで司会者はその日の法話の施主名を紹介し、「高森先生の話のときは、隣の人と話をしないよう、たばこをのまないよう、仏法の話は真剣に聞きましょう」と注意を与えて立ち去る。そして10時15分、いよいよ高森師の登場となる。

 法話は通常、講師の一人を相手に問答形式でおこなわれる。これは、高森師がこのところやや体力が衰えて疲れやすくなってきたのと、問答形式のほうが、俗耳に馴染みやすいという配慮から、最近になって編み出された方式らしい。つぎに、その一部を再録してみよう。これは1993年2月21日に訪れたときのメモにもとづくものである。
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