新宗教の風土 真宗「原理主義」の台頭

往生スッキリ


 冬空の寒い日であった。北風が強く、空には鉛色の雲が垂れ込めていた。

 病床にあった谷本さんは、胸の湿布をむしり取り、白目をむいて苦しみはじめた、いよいよ臨終の時が来たか。夫の死を覚悟した奥さんは、日直の医師を呼んだ。医師は診察ののち、身内の人を呼んだほうがいいと言った。

 谷本さんがキリキリ舞いして苦しむ姿は、奥さんや医師には人間最期の断末魔の苦しみとしか見えなかった。

 ところが、まさに息絶えたかと思ったつぎの瞬間、谷本さんの表情はがらっと歓喜の色に変わった。「いま阿弥陀様に会えたー!」と叫んだかと思うと、「往生ハッキリ、往生スッキリ、往生ハッキリ、ハッキリ……」と、とめどもなく叫びはじめたのである。つぎつぎと到着した家族の人たちは、そんな谷本さんを見て驚き、やがて喜びの涙に変わった。その声は谷本さんの長男の機転で録音テープに収められており、ビデオでも、谷本さんの人生の歩みを写真で振り返りながら、「往生ハッキリ、往生スッキリ、……」という肉声が、延々と続く。そのなかに、ときおり家族のものと思われるすすり泣きの声、「よかったねえ」という声、南無阿弥陀仏の声などが混ざっている。正直いって、しんどい光景だ。

 こうして、谷本さんはおよそ30〜40分、とめどもなく「往生ハッキリ、往生スッキリ」を繰り返し、その後、かすかな声で、「恩徳讃」を歌ったという。

如来大悲の恩徳は、
身を粉にしても報ずべし
師主知識の恩徳も
骨を砕きても謝すべし

 厳しかった部屋の空気はいつのまにか消え、谷本さんの表情は風呂上がりのように、晴れ晴れとしていたという。その後、谷本さんの容態は依然重態を続けていたが、不思議と苦しみはなく、始終穏やかな顔をしていたとも。そして、1月3日の朝、「あんたがたも長いことご苦労かけた、ゆっくり休んでくれ。わしもこれから休ませてもらうで、あー気持ちがいい」といった後、昏睡状態に入り、そのまま逝去したのである。高森師は、谷本さんが亡くなったのち、残されたテープを聴き、「ここには一切経が収まっている」と言っていたという。

 ビデオはここで終わっている。これをもし論評するとすれば、人さまざまな意見がかえってくるであろう。そういう意味でなら、わたしにもわたしなりの感想がないわけではない。しかし、ここで問われているのは、むしろ、わたしたちひとりひとりが、「死」というものについてどれだけつきつめて考えているのか、ということなのではないだろうか。
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